生命保険

はじめに

生命保険とは,保険会社が人の生存又は死亡に関し保険金を支払う約束をする保険のことです(保険法2条8号)。
単に人が亡くなったら保険金が出るんじゃないの? 「生存」って何? と思われるはずです。
人が亡くなったら支払われる生命保険を「死亡保険契約」といい,人がある年齢まで生き続けていたら(これを「生存」といいます。)支払われる保険を「生存保険契約」といいいます。保険商品の中で「定期保険」(例えば,60歳までに死亡したら5000万円支払う。)と「終身保険」(例えば,死亡したときに300万円支払う。)は,「死亡保険契約」にあたり,「年金保険」(65歳以降生き続ける限り月5万円支払う。)と「学資保険」(子どもが18歳になったら22歳まで毎年50万円支払う。)は「生存保険契約」にあたります。これら,「死亡保険契約」と「生存保険契約」をミックスした「生死混合保険契約」というものもあり,通常は,「養老保険」と呼ばれています。
生命保険文化センターによる平成25年度「生活保障に関する調査」によれば,生命保険加入率は男性では80.9%,女性では81.9%となっています。特に子どもがいる場合は,ほとんどの世帯で生命保険に加入していると思います。
このように生命保険は誰しもが問題に直面する保険ということができます。

生命保険の根本問題

当たり前に聞こえるかも知れませんが,生命保険金を支払うことで保険会社は損をし,生命保険金を受け取ることで受取人は得をする点に生命保険の根本的な問題があります。
この根本問題は生命保険の起源に遡っても変わりません。生命保険の起源にはいくつか説があります。私の知っているだけでも,次のようなものがあります。

1.コレギア・テヌイオルム 加入者が入会金・会費を支払い,加入者が死亡すると葬儀費用等を支払うという共済保険。
2.ギルド 中世ヨーロッパで,ギルドメンバーが会費を集めて,冠婚葬祭等の費用が発生したときに分配金を支払う。
3.トンチン年金 同じ発想の制度は今でも存在し,アメリカの生命保険会社が販売している。トンチという銀行家が考案し,フランスで採用された制度。国が債権を発行し,債権者のうち生存者にのみ利息を支払い,死亡者には利息を支払わず,その浮いた分を生存者で分けるという制度。全員死亡すると利息支払義務がなくなり,そもそも元本の返還もしないようなので,国はしばらく利息を支払っていれば元本を返還しなくて済むのでお得というもの。
4.教会牧師の遺族保険 17世紀のイギリスで,教会牧師が保険料を集めて,死亡時に遺族に対して死亡保険金を支払う。後に近代的生命保険制度に繋がる。

これらの起源のうち,1・2は葬儀費用等だけであれば現在の共済保険に近く,生命保険の根本問題は目立たないのですが,3のトンチン年金は,他の加入者が死ねば死ぬほど利息が高くなるので,人の死を願うという問題が生じます。
4は現代の生命保険と変わりがなく,受取人は加入者が死亡すれば大金が支払われます。この4が段々と他人が死ぬと保険金がもらえるという形に発展していいきます。●●が死ぬことに●●円を賭けるということです。トンキン年金で他の加入者を全て殺害すると言うことは困難ですが(他人の死亡を念願することは避けられませんが),こうした●●が死ぬと保険金がもらえるという死亡保険の場合,その●●を殺害すれば受取人には大金が支払われるので,どうしても●●を殺害するという動機を持ってしまう人が現れます。こうした,生命保険の賭博的要素のことを「射幸契約性」といい,保険金に目がくらんで不正が行われることを「モラル・リスク」といいます。

生命保険は放っておくとモラル・リスクが増大し,最終的に保険制度が崩壊しています。保険金詐欺がまかり通ってしまうと,保険料は高額となり,まともな人は生命保険に入ろうとは思わなくなります。また,保険会社としても生命保険金を支払わなければ利益が上がりますので,保険金を払い渋ろうとする動機があります。そのため,モラル・リスクが疑われる事案では,保険会社は厳格な対応を取ることになります。

問題となる事案

もっとも,ほとんどの事案では保険金はきちんと支払われます。我々のイメージでは損害保険よりも圧倒的に争いになる確率は低く,生命保険が問題となる事案を手掛ける弁護士は非常に少ないと思います。モラル・リスクの割合は生命保険・損害保険で違いはないはずです。しかし,生命保険はほとんどの場合,あらかじめ契約で保険金の支払金額が決まっており,現在の充実した事前説明の下では,契約者も契約時に保険金の支払金額をよく理解して加入していることです。これに対して損害保険は,損害が発生し,多くの場合は損害調査を行って初めて金額が確定するため,どうしても損害調査・査定の過程で損害保険会社に裁量の余地が生じてしまい,紛争となるのです。
そうは言っても,生命保険でも紛争は生じます。ここでは,生命保険で問題となる代表的な事案を取り上げます。

告知義務違反

重病な人が健康であると申告して死亡保険に加入する場合,同じ保険に入っている健康な人が損をします。保険は多くの人から保険料を集めて,保険事故が発生した人(死亡保険では死亡した人)に対して保険金を支払うという制度です。
保険金を支払うケースが多ければ多いほど,保険料は上がり,少なければ少ないほど保険料は下がります。重病な人が死亡保険に入ってしまえば,多くの場合,保険金の支払いが発生するので健康な人の保険料が増えて損をすることになるので,健康状態が保険事故の発生に影響を与える保険の場合は,健康状態についての告知書の作成が求められることになります。そして,重病なのに健康と偽って死亡保険に加入した人については死亡保険金を支払わない(以下「免責」といいます。)とすることで,保険料の上昇を防止するという制度になっているのです。

告知義務違反が問題となる典型的なケースは以下のようなものです。

高血圧症であるのにこれを隠して死亡保険に加入し,脳卒中で死亡した。

高血圧症の人はそうでない人に比べて有意に脳卒中になる確率が高いです。したがって,健康な人と同じ保険に入ることはできないし,入るのであれば脳卒中にかかる確率に合わせて保険料を高くしなければなりません。もっとも,高血圧症は多くの人がかかる病気なので(我々の一人も高血圧症で毎日降圧剤を服用しています。),高血圧症でも保険会社が加入を認めることもあるのですが,ともかく,上記の事案では生命保険金が支払われないことが多いでしょう(これを告知義務違反による解除といいます。保険事故=本件では被保険者の死亡が発生した後でも解除権を行使できます。)。
もっとも,諦めるのは早いです。保険会社が必ず解除できるとは限りません。なぜなら,保険法が消費者保護の観点から次の解除権の制限規定を置いているからです(保険法55条,59条)。

1.保険会社が告知義務違反の対象事実(本件では高血圧症)を知り,又は過失によって知らなかった場合(あまりないですが,他の生命保険で高血圧症の申告をしている場合などです。)
2.保険媒介者(多くの場合,保険外交員)が告知を妨げた時(保険外交員が勝手に告知書を作る場合などです。)
保険媒介者が不告知教唆を行った場合(「別に高血圧なんて申告しなくていいですよ。」などと保険外交員が言った場合などです。)
3.保険会社が解除事由を知ってから1か月を経過した場合(あまりないです。)
告知義務違反の対象事実と保険事故との間に因果関係がない場合(高血圧と脳卒中は関係がありますが,例えば,交通事故で即死した場合や,胃がんで死亡した場合は因果関係がなさそうです。)

保険会社が最初から保険外交員の落ち度を認めることはほとんどないですし,告知義務違反の対象事実と死亡原因との因果関係は医学的見地から判断する必要があるので,保険会社の主張に押し切られてしまうことが多いと思います。

高度障害保険金

死亡保険のうちの定期保険には,死亡した場合だけでなく高度後遺障害の場合にも保険金が支払われる保険商品があります(第一生命の「サクセスU」には高度傷害保険金が付帯していますが,日本生命の「ニッセイみらいのかたち 定期保険」には高度障害保険金は付帯されていません。)。特に,住宅ローンを組むときに加入が条件となることが多い団体信用生命保険には高度障害保険金がほとんどの場合に付帯されています。

高度障害保険金は典型的には次の高度障害がある場合に支払いがあります。
1.両眼の視力を全く永久に失ったもの
2.言語またはそしゃくの機能を全く永久に失ったもの
3.中枢神経系・精神または胸腹部臓器に著しい障害を残し、終身常に介護を要するもの
4.両上肢とも手関節以上で失ったかまたはその用を全く永久に失ったもの
5.両下肢とも足関節以上で失ったかまたはその用を全く永久に失ったもの
6.一上肢を手関節以上で失い、かつ、一下肢を足関節以上で失ったか、またはその用を全く永久に失ったもの
7.一上肢の用を全く永久に失い、かつ、一下肢を足関節以上で失ったもの

以上の各高度障害のうち,1は争いがあまりなさそうですが,2以降は保険会社によって認定が異なります。複数の生命保険に加入していて,ある会社からは支払われ,他の会社からは支払われないという事案は実はよくあります(我々もそうした事件の相談を受けたことがあります。)。特に,3で問題となる高次脳機能障害や,4~7のうち「その用を全く永久に失ったもの」(これを「用廃」といいいます。)の評価は,難しいものがあります。

通常は,弁護士になど依頼せずに保険会社に保険金請求行うことになると思いますが,もし,保険金請求を拒否され,しかし,実際に常にご家族が介護をしなければならない状況などにあるのであれば,是非,一度弁護士に相談するべきだと思います。