はじめに

労災保険もその名前に「保険」が付くとおり,保険契約の一種です。損害保険・生命保険は,原則として,保険者(保険を引き受ける者,ほとんどの場合,保険会社です。)と保険契約者との間の私的な契約により成立するのですが,労災保険は国が保険者となる強制保険である点が特徴的です。通常の保険でいう保険契約者は事業者(多くの場合,勤務先の会社です。)であり,労働者は被保険者・受給者になります。

自動車保有者が必ず加入しなければならない自賠責保険も強制保険と呼ばれますが,労災保険とは,保険者が損害保険会社である点が大きく異なります。あくまで自賠責保険は私的な契約であり,労災保険のような社会保険とは性質が異なるのです。最も大きな違いは,自賠責保険の支払いは損害保険会社の私的な行為ですが,労災保険金の支給は行政行為に当たる点です。労災保険金の支給を争おうとすると私人間の通常訴訟等ではなく,行政不服審査・行政訴訟を行わなければならないという点が最も異なるところでしょう。

労災保険の重要ポイント

労災保険についてはWEB上でもあまり取扱いサイトがなく,また,労災保険は取り扱わないとよく分からないという分野でもあるので,ここで,労災保険の重要ポイントを説明していきます。

交通事故でも労災保険が使える

通勤災害とは何か

労災保険には通勤災害と業務災害があります。本来的な労災保険の対象は業務災害ですが,通勤は労務提供に必ず必要な行為なので,業務災害に準じて通勤中の事故も労災保険金の支払い対象となっています。
歴史をたどれば,昭和22年に労働者災害補償保険が創設されましたが当初,業務災害にのみに対して労災保険金が支払われていました。ところが,交通戦争と呼ばれる程に交通事故の死傷者数が増えるという時代背景があり(交通事故死者数のピークは昭和45年で,この年に労災保険法改正のための諮問機関である「通勤途上災害調査会」の設置もこの年です。),また,自動車の普及に伴う自動車通勤者の増加があり,また,実質的にも通勤は労務提供に不可欠な行為であることといった理由により,昭和48年の労災保険法改正で通勤災害も労災保険金の対象となりました。

通勤災害の歴史について詳しくはこちらを参照してください。

労災保険を使用するメリット

さて,通勤の方法として,電車,バス,タクシー,自家用車とありますが,通勤災害のほとんどは自家用車での事故です。
自家用車の事故では,相手方に過失がある場合などは通常,相手方の任意保険又は自賠責保険で治療を行うことになります。相手方に過失がない事案でも,任意保険で人身傷害補償保険に加入している場合は自分の任意保険で治療することが多いのではないでしょうか。

しかし,もし,自分に過失がある場合は,労災保険を是非とも使用するべきです。メリットは次の3つがございます。

1.単純に,治療費(通勤災害では療養給付といいます。)が自分の過失についても労災保険金が支払われるので得です。
休業損害(通勤災害では休業給付といいます。)と後遺障害(通勤災害では障害給付といいます。)の場合,国から特別支給金がもらえます。休業給付の場合,休業損害を100%とすると60%もらえます。残り40%は被災者が無過失の場合は加害者又はその任意保険会社からもらえます。さらにその上に特別支給金がもらえるので,無過失事故の場合は何と被災者は事故がなかった場合よりも儲かってしまうのです。

2.加害者任意保険会社担当者の歓心を買うことができます。その理由は,加害者の任意保険会社の保険で治療する場合,整形外科は健康保険・労災保険外の自由診療で治療費を計算します。医師の請求は治療点数×単価で算定されるのですが(今度,病院・薬局でもらう領収書を見てみてください。),自由診療の場合,その単価は20円が平均的で,15円から30円の幅です。これに対し労災保険の単価は12円なので,しかも,むやみやたらに労災保険で治療点数を増やすこともできないので,結果として治療費の総額が2分の1から場合によっては3分の1になります。

3.任意保険会社は基本的にその事故の賠償をあらかじめ設定する枠を持っています。これを「支払備金」(保険業法117条。詳しくはこちらを参照して下さい。),さらに略して「備金」といいます。任意保険会社の担当者はこの「備金」の枠内であれば和解を行う裁量権を有していることが多く,枠を超えるためには上長の決裁が必要です。金額によっては担当取締役・社長決裁を要することもあります。そのため,労災保険を使って治療費を下げることによって,「備金」の枠内で他の費目(慰謝料など)の支払いを行う余裕ができるので,任意保険会社担当者との交渉を有利に運ぶことができる(かも知れない。)のです。

労災保険をもらった後に会社を訴えることができる

業務災害の事案で、もし,労災事故の発生について会社に故意又は過失がある場合(故意があることはほとんどないですが。),労災保険に上乗せして会社に損害賠償を請求することができます(正確には,できることもある,です。)。
たとえば,休業損害(事故で会社を休んだときの減収分)は労災保険からは60%しかもらえません。慰謝料ももらえません。後遺障害がある場合,逸失利益は一部しかもらえません。とにかく,あんまりもらえないということだけ分かってください。
なので,労災保険をもらっただけで満足せず,そこから,さらに会社に対して損害賠償をして,労災保険との差額を受け取ることができるのです。